ヤマイチの洋画贔屓

映画(特に洋画)の考察などなど気ままに書きます

入門にぴったりのS・キングの『ジョイランド』が爽やかすぎて驚いた!去る人と来る人、生と死、でも人生は素晴らしい!

こんにちは、日本橋丸善に極まれに現れるヤマイチです。

私は映画だと洋画贔屓なんですが、小説とかは外国の作家さんの表現はわかりづらく感じて(←当方の読書力の問題かも)ほとんど日本の作品しか読みません

そんな私でもスゴいとわかる作家がモダンホラーの巨匠ことスティーヴン・キング

洋画通の方ならご存じの通り映画化されたキング作品は数えきれません!

有名どころを挙げると

  • スタンド・バイ・ミー
    スタンド・バイ・ミー  (字幕版)   
    ⇒原作短編集『恐怖の四季』シリーズの秋編『THE BODY』、全国で中学一年生の夏休み課題映画にならないかなぁ~
  • 『シャイニング』
    シャイニング (字幕版)
    ⇒原作長編『シャイニング』、キング自身の映画に対する評価は.....アレッ!?
  • 『ミスト』
    ミスト (字幕版)
    ⇒原作中編の『霧』、日本よ!これこそがトラウマ映画だ!

キングの作品で私が今までに読んだことのあるのは上の作品に加えて以下の二作品。

  • 『IT(イット)』
    IT(1) (文春文庫)
  • 『11/22/63』
    11/22/63 上 (文春文庫 キ 2-49)
  • ちなみにこの二つは強いつながりがあるのであわせて読めばキング・ユニバースにどっぷり浸かれます

さて素晴らしいキング作品には二つの大きな特徴があります。

  • 頭に鮮明に映像が現れるほど情景描写に文章量を割くので基本的に超絶長い
  • ホラーの場合、その描写が克明すぎて震えるレベル

はまると癖になるこれら特徴はキング・ヴァージンの方は「うわッ」と感じてしまうかも。

そこで今回ご紹介する中編(?)小説の『ジョイランド』の登場です。

ジョイランド (文春文庫)

これが程よい読み応えのある長さ三ツ〇サイダー並みの爽やかさをあわせ持ちキングらしさも同居するキング入門の決定版!

初心者にお勧めの短編もキングは書いていますが、爽やかさは『ジョイランド』が一番だと思います!

そして『IT』などにコテンパンにやられた方に朗報ですッ!

キング作品に珍しくエグいホラー描写が少なーい!

スタンド・バイ・ミー』が中学生なら、今回の『ジョイランド』は特に大学生にお勧めです。

大学生にキングの世界へのとっておきの招待状、それが『ジョイランド』です!

それでは少しのあらすじ紹介ネタバレを含む感想に入ります

生と死がテーマなのに(だからこそ)甘酸っぱく爽やかな物語

一応書いたあらすじはこんな感じ。

1973年、大学二年生の夏、「ぼく」ことデヴィン・ジョーンズは付き合っていた「彼女」の気持ちが一方的に離れて行っていることに気づく。

そんな彼は人生の「流れ」を変えようと夏に大学から離れた遊園地「歓喜の国ジョイランド」でアルバイトを始めることにする。

そこで出会うアルバイトの同僚や彼らを束ねるジョイランドの人間、やってくるお客さん、近くに借りた下宿の人々と交流をするなかで次第に「彼女」のことを忘れていくデヴィン。

そんななか遊園地のお化け屋敷に現れるというそこで殺された「少女の幽霊」の噂を聞いたデヴィンはその謎に惹かれ、周辺に住んでいる体の不自由な少年マイク、彼の母、飼い犬のマイロも着実に「謎」に巻き込まれていくことに.......

古き良きアメリカの時代?ジョイランドへの郷愁

スティーブン・キングの作品って共通のテーマがあります。それはキングが過ごした懐かしきアメリです。

スタンド・バイ・ミー』や『IT』はキングが過ごした少年期の思い出が、今回の『ジョイランド』は青年期の経験が影響してます。

主人公がキングと同じように作家やその関係の職業についているように彼自身が作品の主人公のモデルの一人となっているのです。

スタンド・バイ・ミー』も『ジョイランド』も過去を振り返るていで書かれているとおりこれらの作品は主人公の今では戻ることのできない「思い出」の話。

私はこれは単に「自分自身が戻ることができない」だけではなく「今のアメリカという国・社会自体が過去のような姿に戻ることができない」ということも表していると考えます。

良くも悪くもキングの少年・青年時代とは大きく変わったアメリカ社会。

古きアメリカの悪い側面。『IT』では女性、黒人、ユダヤ人差別が一つのテーマになっていて、その憎悪との戦いという側面が大きかったので今では考えられないエグい描写が多かったのでしょう。

対して『ジョイランド』では比較的に「古き良きアメリカ」が描かれています。

『IT』は1958年が、本作は1973年が舞台。

大きな差は1960年代のマイノリティが白人と同等の地位を得た公民権運動」と「公民権法の成立」を間に挟んでいるからだと思います。

Civil Rights March on Washington, D.C. (Dr. Martin Luther King, Jr. and Mathew Ahmann in a crowd.) - NARA - 542015 - Restoration
公民権運動を指導したキング牧師、たまたまキングつながりです

本作の後半でディック・チェイニーに触れているようにキングはリベラルな考え方を持っているようで舞台が1960年代以前・以後で雰囲気が異なるのでしょう。

またキングは現代アメリカの巨大資本への脅威も感じているようでジョイランドの人事担当のフレッド・ディーンにこのように言わせています。

「この場所のことを、きみがどう思うかは知らないが、私には合ってる。ちょっと古くてがたも来ているが、そこがまた魅力なんだ。一時、ディズニーにもいたんだが、好きになれなくてね。あそこはあまりに・・・・・なんと言うか・・・・・・」


「企業っぽい?」とぼくは口にした。

文春文庫『ジョイランド』土屋 晃訳より

弱肉強食の世界でディズニーのような企業はまさにティラノサウルスのように小さな遊園地を食っていたのでしょう。

何も遊園地に限ったことではなく、マクドナルドなどにも言えることです。

時代的には石油危機・ウォーターゲート事件で激震したアメリですが、キングにとってそこまで悪いものではなかったのかもしれません。

本作『ジョイランド』の爽やかさ・郷愁はここから由来しているのだと思います。

もう一つのキング的テーマ、キリスト教と銃

表向き移民と多民族の国アメリカはトランプ政権の今、化けの皮がはがれ始めているところです

公民権法成立から60年が経過してもまだW・A・S・Pワスプが力を持っているのです。

最後のP(=プロテスタント)が示すとおりアメリカの中西部から南部、またキングの生まれたメイン州(コチラは合衆国本土の最北州です)ではキリスト教が異様なほど生活に染み込んでいます。

そのためキングの著書は行き過ぎたキリスト教信仰がテーマになっている作品が多いんです。

キャリー (新潮文庫)

キャリー (新潮文庫)

上の『キャリー』は二度映画化されたキングの傑作ですが、主人公のキャリーが狂信的なキリスト教信者の母親の無教育のせいでアチャーって感じになってしまう作品。

キングは行き過ぎた信仰の負の側面を的確に描くことが非常に巧みです。

『ジョイランド』ではマイクの母親アニーの父が行き過ぎた信仰をもつ人物として現れます。

アニーの進歩的な考え方に父親は彼女との関係を断絶。

マイクの最期の決断に対しても祖父としてではなく教会の人間として理解しようとしません。

もう一つのキーワード「銃」。これが唯一、アニーが父親から継承したものとして登場し(彼女が六歳で銃を持たされたところが何ともアメリカン)、ラストで大きな役割を果たすことになります。

アメリカ社会と切っても切れないのが「銃」です。これは建国の象徴でもあり、アメリカ的強さを表します。

興味深いのは銃もキリスト教共和党の主要な支持基盤だと言うことです。

別れ・死を乗り越えることが最大のテーマ

『ジョイランド』をもう読まれた方ならご存じの通り、この物語にはいくつもの別れが登場します。

恋人のウェンディとの別れではじまり、マイクとの別れで終わる。

その間にもジョイランドを去り大学に戻るバイト仲間との別れや友人のトムとの別れ、イースターブルックさんとの別れ。

別れは悲しいものにもかかわらず、この作品は悲しさを爽やかさで包むことで生まれる独特の甘酸っぱさが広がります。

人は別れを恐れてはいけない。これが『ジョイランド』の最大のテーマでしょう。

ウェンディと離れたからこそ、大きな出会いがたくさんあった「ぼく」。

お化け屋敷の幽霊がジョイランドから離れて感謝を述べるシーン。

この世から離れたからこそ、素直に恩返しをすることができたある人物。

そしてついに空を飛ぶことができたマイク。

どんな悲しい別れも次への通過地点に過ぎないだからこそ次に進むことができる

読後の爽やかさに驚かされた作品でした。


最後にキングお墨付き版の『シャイニング』をご紹介してお別れです。

また他の記事でお目にかかりましょう!