副大統領?二大政党制?って何?話題作『バイス』がよくわかる「アメリカの政治・超入門」
この記事は予習編です。ネタバレはほとんどありません。また本作で描かれる911以降の流れ等にも触れていません(おそらく本作を見たほうが掴みやすい)。あくまで『バイス』を読み解く上で必要なアメリカ政治に関する基本知識を紹介しています。悪しからず。
第91回(2019年)アカデミー賞でも各部門にノミネートされまくった話題作『バイス』。
とても面白く興味深い内容ですが、濃厚すぎるポリティカル・ドラマに「何のコッチャ」となってしまう方もいるかも。
そこで見る前に(後でもOK!)知れば面白くなるアメリカ政治を解説します!
タイトル「バイス(Vice)」は日本語で「副」。主人公はアメリカの「副」大統領。
フィクションでもノンフィクションでもアメリカ大統領を主人公にした映画は無数に存在しますが副大統領はというと.....見カケナ~イ.....
ジョンソンやニクソンなどなど後に大統領に昇格する人や当選する人は結構映画にされたりするんですけど...結局は大統領としての物語になっちゃいますね。
そもそも実際の副大統領自体が影の薄い存在です。
例えば今の副大統領はマイク・ペンスですが、トランプ大統領と比べれば知名度はメチャ低い。まぁ、強烈すぎるトランプと比較すれば誰も敵わないか。
それではオバマ時代の副大統領は...?
ジョー・バイデン。「誰やねん!」ってなってませんか?2020年大統領選の民主党候補の一人なのでチェックです!
2020大統領選当確後に追記: バイデンについてはもう皆さんご存じですね!
初代副大統領で後に大統領になるジョン・アダムズ自らが「副大統領は人類の作った最も不要な職」と言ったほど。
そんな影の薄い副大統領職に就きながら「影の大統領」と呼ばれるまでに権力を握った人物、ディック・チェイニーの実話に基づく怖ーいお話『バイス』を予習(復習)しましょう!
そもそも副大統領ってなんぞや?
副大統領を知るには大統領を知るのが一番。
行政府(法律を作る機関)と立法府(法律を実際に使って仕事をする機関)のお偉いさんたちが別々に国民から選ばれる事が大統領制です。
国民から直々に指名されたからこそ「大統領」にはメチャメチャ強力な権力が与えられます。その力はサノスwithインフィニティガントレットに匹敵します(笑)!
本題、副大統領という職は何なのか?
大統領の免職、死亡、辞職の場合には、副大統領が大統領となる。
ーアメリカ合衆国憲法修正第25条 第1節
つまり大統領が仕事をできなくなったら自動的に昇格する人のことです。
実際に副大統領から昇格した人は結構います。その中で有名なのはジェラルド・フォード大統領。
彼が有名な理由はその前の大統領リチャード・ニクソンが弾劾されるギリギリで辞任したから(深い内容を知りたい場合は映画『大統領の陰謀』がチョーおすすめ)。ちなみに弾劾された大統領はいません。
さて、自動昇格制の利点は権力の継承がスムーズであることです。
問題点は大統領としては国民から選ばれていない人間(副大統領)が強権を手にすることができること。
もちろん、副大統領も大統領とセットで選挙を通して選ばれます。
しかし国民がメインで選ぶのは大統領なので副大統領が昇格したときに「その人物が大統領としては不適合」という場合もあるかもしれません。
副大統領が「不要な職」、「お飾り」と言われる理由
どうして国のナンバー2である副大統領に残念な印象がついているのか?
それは大統領と副大統領が党の中ではライバルということが多いからです。
上でお名前がちょっとで出てきたバイデン副大統領ですが、2008年の大統領選にも挑戦しています(すぐに撤退し、この時はオバマが勝利)。
大統領選挙本戦では大統領候補が副大統領候補を選ぶので
- 有力な候補を選択すれば内側から謀反を起こされるかも
- 不人気な候補を選べば当選できないかも
という悩みが大統領候補には生まれます。
そこで思いついた解決策が
- 選挙戦では「有力な候補を選らんで選挙での人気をアップ!」作戦
- 当選した後は「権力は俺(大統領)が一人で握るのであなた(副大統領)はただそこにいてください。」作戦
そんな感じでお飾り副大統領は出来上がります。
強い大統領の時ほど、この現象は顕著。
第二次世界大戦中に史上最多4選を成し遂げたフランクリン・ルーズベルト時代の副大統領ハリー・S・トルーマン(ルーズベルトの急死で大統領に昇格した)の場合、大統領になって初めて原爆開発プロジェクトであるマンハッタン計画について聞かされたとか。
つまり政策に関与させてもらえてなかったのです。
これぞ国家規模の「連絡不行き届き」。
そんな副大統領という職に就くチェイニーは一体どうやって権力を握ったのでしょうか?
答えは映画の中に?
アメリカの二大政党制
知れば本作を数倍は深く理解できるというのが「二大政党制」。
アメリカには「共和党」と「民主党」という二つの有力な政党があります(他にもあるけど、そんな強くない)。
本作の主人公ディック・チェイニーは共和党の政治家ですから共和党目線で描かれます。
基本的に共和党が自由、民主党が平等をモットーにしていると考えればわかりやすいと思います。
近年の大統領選はまさに自由と平等の戦いなのです。
共和党 | 民主党 | |
---|---|---|
主な支持者 | 多数派・労働者 | 少数派・知識人 |
近年の大統領 | ブッシュ親子 トランプ | カーター |
主義 | 保守・自由主義 | リベラル・民主主義 社会民主主義より |
社会保障政策 | 消極的 | 積極的 |
環境政策 | 消極的 | 積極的 |
規制緩和 | 積極的 | 消極的 |
応援するメディア | FOX | CNN |
マスコット | ゾウ | ロバ |
支持者の項目の「多数派」と「少数派」とはアメリカ国内での人口比のことだけではなく、社会的、宗教的、性的なマジョリティとマイノリティについても表します。
人種について言えば「多数派」は白人系のことを表し、「少数派」はアフリカ系、アジア系、ヒスパニック系........など白人以外の人々を言います。
ちなみにリンカーンの時代は共和党がリベラルな立場で奴隷解放に「賛成」、民主党が保守的な立場で「反対」でした。
上記の表を見てから本作をみると雰囲気がつかみやすいと思います。
どんな政策が登場するのか?どこのニュース映像か?などに注目してみてください。
政党と政策を比べれば政治の流れがわかる
上の表の政党ポリシーを実際に行われた政策と当てはめると理解が深まります。
典型例を2つ挙げましょう。
例①オバマケア
民主党のオバマ大統領(当時)の重要政策の一つが「オバマケア(=医療保険制度改革)」。
日本では当たり前の国民皆保険(国民全員が医療保険に強制加入しお互いに支え合う制度)がアメリカにはありません。
アメリカは自由主義のもとで「成功するのも失敗するのも病気になるのも健康なのも個人の勝手だー!」という意識が強い国です(これ自体はかなり共和党的考え)。
でも、それでは保険に入れない貧しい人は安心して暮らせない。
そこでオバマケアの登場です。マイノリティが支持基盤の民主党は社会保障に力を入れます。
例②レーガノミクス
彼の名前とエコノミクス(経済学)を合わせた言葉。レーガンさんの経済政策という感じ。
レーガノミクスとは
市場メカニズムを信頼して、供給面を重視し、減税・歳出削減・規制緩和などを打ち出し、マネタリズムに基づく通貨政策を実施。
広辞苑 第六版より抜粋
段々、見えてきましたね。共和党の基本政策が入っています。
社会保障などのことを考えなくてもいいので、税金を減らします。
それよりも「お金の流れに任せたほうが経済が潤うんジャネ?」という考え方。企業は嬉しいですね。
上記の例以外にもルーズベルト大統領の「ニューディール政策」などなど党の色がでた政策が沢山あります。
興味のある方はググってみてください。
『バイス』を楽しめた方にオススメ!『大統領執事の涙』
『バイス』はディック・チェイニーの政治家人生の伝記映画であると同時に「チェイニーの生きた時代の政治史映画」でもあります。
つまり彼が政界に入った1960年代後半から2000年代までの政治の記録です。
もし「この少し前の時代には何があったのだろうか?」や「別の視点でもこの時代を追体験したい!」と思った方には『大統領執事の涙(2013)』をオススメします。
こちらも実話を元にしていてアイゼンハワー大統領からレーガン大統領までの執事として彼らに仕えた一人の黒人男性のお話です。
チェイニーの政治家時代とも重なるので「同じところにこの二人がいたのか~」等、比較すると面白いと思います。
ちなみに『バイス』がブラック・コメディタッチで描かれているのに対し『大統領執事の涙』はヒューマン・ドラマとして描かれています。
アメリカに今も蔓延る人種差別問題を知るには『大統領執事の涙』がオススメで、9.11以降の政治の裏側を知るのであれば『バイス』がオススメです。いやぁ~映画は本当に勉強になりますなぁ~。
それではまた他の記事でお目にかかりましょう!